2013年12月31日火曜日

第211話 大晦日のサン・ピエトロ大聖堂

2013年(平成25年)もいよいよカウントダウンとなりました。
大晦日のローマの空模様は、まるで2013年の別れを惜しむか
のように、静かな陽がひろがりをみせています。(午前8時ころ)

さあ、今年最後の見収めにサン・ピエトロ大聖堂へ行ってみるかと思いつき、テルミニ駅へ急ぎました。

本年の締めくくりは、サン・ピエトロ大聖堂の様子を発信致します。

ド・ウ・モ、個人的には、ローマ市内よりもヴァチカン市国内にある
サン・ピエトロ大聖堂に、より足を運びがちであるようです。

広場に着くと直ぐに中央に設置された実寸大のプレゼピオと
25M の高さもあるクリスマス・ツリーが、眼前に広がりました。

プレゼピオは、22日頃には出来上がっていた様子ですが、25日の未明になって初めて、生誕のキリストがそっとおかれます。

その隣には聳えるように凛とした1本のモミの大木は、毎年ヨーロッパの各都市から寄贈される習慣があります。

今年は、ドイツ・バイエルン州より樹齢45年と言われるモミの木が、12月13日〔金〕に設置されています。

1982年から今日まで、法王ヨハネ・パウロ2世時代に始まったと伝えられていますが、毎年12月にヨーロッパの各都市から自慢のモミの木が運ばれるのは、サン・ピエトロ大聖堂ならではのセレモニーではあります。

時間はおよそ午前10時でしたが、もうすでに大聖堂へ入場するために
海外から、巡礼?に来られた観光客の列は、ぐるりと大きな弧を描いて
今か今かと入場を待って並んでおりました。

大晦日の今日は、大聖堂入場は午後12時30分まで、そして広場への
入場は、13時30分までと両翼に設置された大きな電子掲示板に知らされていました。

さて、話題の(人気の)新法王フランチェスコは本年(2013)3月にコンクラーベ(法王選出選挙のこと)で選ばれました。

また、アッシジのサン・フランチェスコが生まれたのは、1182年でしたから、何と831年後に同じ名前(フランチェスコ)の法王が初めて誕生した訳で、今年は記念すべき年であった、と言うことができます。

大晦日のサン・ピエトロ大聖堂と広場に立つモミの木。
            ことしのモミの木は、ドイツ・バイエルン州から寄贈されました。 
             

            
           
実寸大のプレゼピオ中央には、幼子のキリストが
みえます。生き生きとしてまるで本物のようです。
 
 

            大聖堂の入口を目指して並ぶ入場者の列は
            ぐるっと半円形の弧を描いて左側の翼まで続きます。
                エライこっちゃ!



                大晦日 サン・ピエトロは ひとを飲む       元鷹
                
              
             

                  
 
    

2013年12月19日木曜日

第210話 師走のローマ・テルミニ駅

ローマの雑踏と云えば、ここしかないのでは、と明言しても良い所はローマ・テルミニ駅であります。(市のやや北東部に位置します)

このローマ・テルミニ駅も毎年師走に取り上げさせて頂いております。
のっけから「雑踏」と書かせて貰いましたが、私自身は「世界の人の動き」
を眺めることができるスポット、またはゾーンとして気に入っています。

さて、今年も駅コンコースにはクリスマス・ツリー(H10m位)が立ち上り、
行き交う人々の一瞬の憩いのスポットとなっているようです。

そして、ツリーには旅人/旅行者らが、メモ用紙やノートに思い思いに書き留めた”希望・願い”の類が、枝先に引っかかれていました。

手書きの用紙には、旅行者のお国のことばで、お願い事が描かれています。日本の七夕様の短冊のようなものであり、或は神社境内の木々に吊るされた”絵馬”のようでもあります。

してみると、人間の常として「願いごとを叶えて下さい!」と云う心からの
希求を文字にして、神仏あるいは天に訴える所作は共通に在るものなのでしょう。

一人では叶わないことを”願い”にして、ツリーに託した心情のほとばしりに、何処の人間にも共通するこころの温かさを感じることが出来ました。

ところで駅名の由来についてみてみたいと思います。

由来1.駅の正面に古代ローマ皇帝ディオクレティアーノが造った浴場跡
     ≪テルメ、或はテルマエ≫が在るところから「テルミニ」と呼ばれ 
     るようになった、と云う。

由来2.古代の水道の終着点が、駅周辺になっていたことから、また電車
     の終着点だったことからもTERMINI〔終着〕駅と呼ばれるようにな
     った、と云う。

皆さんは、どちらが本当の由来だと思われますか?
由来1.浴場=テルメ 説、はたまた由来2.終着(点)=テルミニ 説

1.2.共正しいような気がしますね。

前回にご紹介した愛読書「ローマ散策」河島英昭著によれば、由来2.を
採用したご意見を挙げておられます。(同書P.123~124)




天井まで届きそうなBIGツリー
下部に見えます白い部分は、世界からローマに来た
旅人の夢・希望を書いたメモ、ノート用紙です。
 
世界の人々のお願いごとが、ベタベタと貼られて
                 います。もみの木は、息苦しいことでしょう!?

               
                
               

アップしました!
思い思いの夢や願望を天にも届け!とばかりに。
ここで興味が尽きないのは、①世界の人達により
描かれたこと。②意外とヒマを持て余している人が
多いことであります。実は、不肖ながら私も・・・と
想いましたが、次回に譲ることと致しました。(笑)
 
 
世の中は 果たせぬ夢の 多かりき    
 
成さねばならぬ とは云うものの 
                            元鷹
      

2013年12月18日水曜日

第209話 師走のバブイノ通り

前回の第208話コルソ通りに続きまして、お隣の”通り”となります
VIA DEI BABUINO 〔バブイノ通り〕へはいります。これまでにも「バブイノの噴水」をアップしておりましたが、今回は通りの師走風景です。

実はここの通り〔VIA BABUINO〕は、何と無く気をひき付ける魅力の
ある街並みなのです。特に行きつけのBARがあったり、ショップがある訳ではないのですが、スペイン広場に来るとなぜか足が向いてしまいます。

その理由は、きっと歴史の新旧が重なり合っているバランスとアンバランスとに「面白さが在る」からだと思われます。

数百年前からの教会堂、出来たばかりのブランド・ショップ、老舗のBARや美術商、そしてプ高級プチ・ホテルなどの居並ぶ雰囲気が、その魅力なのでしょう。

前回のコルソ通りとはまたひと味違ったバブイノ通りですが、ピンチョの丘
側に入りこみますと、さらにひっそりと正にひっそりとしVIA MARGUTTA
〔マルグッタ通り〕が控えています。

そうです、名画”ローマの休日”のシーンに登場した新聞記者ジョーが借りていたアパートがあった通りです。今でも、映画ファンがそぞろにこの周辺を地図を片手に「51番地」を探す姿が見られます。

河島英昭著による「ローマ散策」(p.166~167)を紐解けば、かつてローマを訪ねた小泉信三は、鴎外の翻訳した「即興詩人」に出てくる”アルベルトオ座”劇場をコルソ通りに探したそうです。

コルソ通りに見つけることが出来なかったそうですが、この当時話題を呼んだこの(貴婦人/ダーメ劇場)は、今日ご紹介のバブイノ通りから入る通り「アリベルト通り」と「マルグッタ通り」との角にあった、とのことです。

やはり、時代を超えて「いい味を醸しだした街」のひ一つだったようです。


 
バブイノ通り英国教会にかかる満月は
ファンタジーな世界を夢見させてくれました。
 
エレガントなXMASの飾り付けでした。控え目ですが
しっかりと店内の商品をアッピールした大人の設えです。
 
 
 
襟立てて 光求めて バブイノに     元鷹




2013年12月11日水曜日

第208話 師走のコルソ通り

今日の”コルソ通り”見学をどれほど待ちに待ったことでしょう!

2年前に仰いでみたクリスマス・シーズン〔翌年1月6日まで続く〕のデコレーション〔イメージ:イタリア統合150年記念3色旗〕に仰天ビックリして以来、昨年2012年の清楚で穏やかな上質な光の波波波・・・さて今年は、と。

イタリア人同僚Aさんに「先週7日〔土〕から点灯が始まった。」と聞いてからは次の休みの日が待ち遠しく楽しみになりました。

ローマの中心部を走る幹線道路です。ポポロ広場から、ヴェネティア広場を一直線で結びます。おおよそ1km位の長さはあるでしょうか?両脇には、教会、ホテルほか、多くのショップがならぶローマ自慢の繁華街です。

ほぼ通りの中央では、スペイン広場から走るコンドッティ通りと十字を切るようになります。※前回のコンドッティ通りのご紹介も御参照下さい。

さて、今夕は40番の市バスに乗り、ヴェネティア広場手前で降りました。
コルソ通りに向かって少し歩いただけで、通りの入口からレインボー・カラーが眼に入って来ました。

今年は、レインボー・カラーで来たなぁ!と、その趣きの変化を楽しみました。2011年「統合の3色旗」、2012年「祈りの純白」、そして2013年は
「多種多彩の夢」のレインボー・カラーと云ったひかりのイメージです。

師走のコルソ通りは、国内外からの買い物客でどの店も賑わっていました。もう2週間もすれば、”NATALE”〔XMAS〕です。

これからナターレまでレインボー・カラーに包まれたコルソ通りは、多くの観光客や買い物客を光のウェーヴでこころを和ましてくれることでしょう!


                今年は多彩色のコルソ通りの天の川となりました。
                往く人も来る人もカメラを天に向けて、楽しみます。

               
コルソ通りをポポロ広場に向かって歩きました。
 
この光の絨毯は、延々とポポロ広場まで続きます。
 
光ウェーヴの交差点
コンドッティ通りとコルソ通りと交差点です。
光の競演とも表現したい面白いアングルです。
中央奥には、トリニタ教会の鐘楼が薄っすらと。
 
 
 
ゲーテ言う ”もっと光を” ヴィア・コルソ  元鷹

2013年12月7日土曜日

第207話 師走のコンドッティ通り

3日夜にはリペッタ通りのあるレストランへ行く為に、コンドッティ通りを
真っ直ぐ通り抜けてコルソ通りを横切った。

コンドッティ通りの天上を飾るイルミネーションは、眩しいほどの真っ白い光のウェーブ〔波〕のようで見事でした。

さて、例年皆さまにはご紹介してきましたが、コルソ通りの光のウェーブは、スタンバイ〔暗がりながら、ウェーブを見てみると多色の光を楽しめそうです〕でしたがまだ3日の時点では、点灯になっていませんでした。

スペイン階段とコンドッティ通りの中央に位置する「バルカッチャの噴水」の修復も完了した模様で囲みの塀〔工事現場を覆うもの〕もすっかり無くなっていました。

夜も7時前後になるとイタリアの有名ブティックが集まったローマ随一の
コンドッティ通りの人影もまばらでした。

これは海外からの観光客がこの時期ちょっと一息といったところなのか?はたして或は、寒さ到来による外歩きが減ったものか?解りません。
ただ、通り天上のウェーブだけが鮮やかに光り輝いておりました。


スペイン階段を背にして 
                コンドッティ通り天上を飾るイルミネーションが
                天の川のように繋がっています。

               

            上の写真と反対側に位置するコルソ通り側から
                コンドッティ通りを写しました。

                  

               
コンドッティ通りがコルソ通りに突き抜けたコーナーに
あるFENDIのある広場に飾られたXMAS ツリー
 
 
コンドッティ 光溢れる 天の川    元鷹
 
 
 
 

2013年12月4日水曜日

第206話 ローマ歌劇場シーズン来る!

ローマでは本格的な冬の到来と共にローマ歌劇場(オペラ座)は本格的なオペラ・シーズンの幕開けを迎えました。

先月11月27日〔水〕午後7時開演(通常は8時)の今シーズン始まりの
演目は、V/ユーゴ原作・G/ヴェルディ作曲に依る”ERNANI”《第4幕》で、指揮者は、今人気のリッカルド・ムーティでした。

主演は、Francesco Meli〔エルナニ役〕,Luca Salsi〔ドン・カルロ役〕,Tatiana Serjan
〔エルヴィラ役〕たちで、ナブッコ〔今年7月公演〕でも主役を演じたカンタンテです。

舞台美術もこれまで以上の華麗さと重厚さを感じさせる本格的なものでした。さすが王侯貴族の歴史を有するヨーロッパの華やかさでした。

華やかさでは、観劇〔プラテア席かと思いますが〕に集まった紳士淑女の
ファッションもまさに現代の”王侯貴族”を彷彿させるには十分な出で立ちでした。さすがに’13年-’14年シーズンの幕開けの初日でした。

不思議にも私の坐ったガレリア〔最も廉価な年間シートですが〕の席は、
6列22番でした。何と私の誕生日の月日と同じでした。  Signore  mio !


                               オーケストラ席から観客席に向かって挨拶/黙礼をする
                指揮者のリッカルド・ムーティ


               

                                     
                                        フィナーレの出演者総出のごあいさつ風景です。


               

            
                                正面向かって左側に位置するガレリア6列22番の
                                     席番号にビックリ!写真左側半分はステージ、
                 右側中央下は、BOXシートです。


                  オペラ開け 紳士淑女の 社交場   元鷹 
                
              






2013年11月29日金曜日

第205話 トリトーネの噴水 と 小説 即興詩人 

およそ1年間お化粧なおし(修復工事)のため大衝立で覆われていた
”トリトーネの噴水”が、再びホラ貝から冬空に向かって水飛沫を上げ
始めました。

11月12日付新聞IL MESSAGGEROのCRONACA DI ROMA p47
に掲載された記事に誘発されて、バルベリーニ広場に化粧直しされた
”トリトーネの噴水”を見学に行ってきました。

これほどに真っ白なトリトーネの噴水を見たのは初めてです。
まるで新しく造り直したかのように生まれ変わりました。

トリトーネの彫刻を真ん中に収めた大きな水盤には、満々と水を湛えて
薄いみどり色が輝くようでした。

この噴水は、彫刻家G/ロレンツォ・ベルニーニが45歳(1643年)の時に
法王ウルバヌスⅧ世の命を受けて創ったものです。

ベルニーニは比較的長生きした(82歳にて没す)芸術家ですが、このトリトーネの噴水は、彼の噴水創りへの意欲《パッション》を感じさせます。

ところでバルベリーニ広場と云えば、森鴎外がアンデルセンの「即興詩人」を文語体で翻訳した訳ですが、書き出しにはこの広場が出てきます。

手元にある「口語訳 即興詩人」安野光雅著/山川出版社より、その部分をご紹介致します。  《p-18 1行-3行抜粋》

  
ローマへ行ったことのある方は、きっとバルベリーニ広場にも行かれ   たことがあるだろう。そこには、ギリシャ神話に出てくる海神トリトンがほら
貝を吹いているところをかたどった噴水があって、その貝からは、
数メ-トルばかりも高く水が噴き出しているのを見られたにちがいない。”

何と簡潔で的を得た見事な描写なのでしょうか!
まるで眼前にトリトーネの噴水が水飛沫を上げているかのように、
シンプルですが、一句一句が噴水のイメージを作りだしています。

さて、1833年-1834年にアンデルセンは、この噴水の近くのアパートに住んでいたそうです。そういえば小説の主人公アントニオの家もこの
バルベニーニ広場の近くに設定していたことを想い出しました。

この時代には、ヨーロッパの貴族・文化人らは競って、アルプスを超えて南国イタリアを目指すのが憧れだったそうです。

この即興詩人は、小説の面白さはもとよりイタリアの観光本代わりに、各観光地《ナポリ・フィレンツェ・ヴェニス・など》が小説の中に紹介されているために広く翻訳され、多くの読者にイタリア旅行の疑似体験を楽しませてくれたのではないでしょうか。

森鴎外の文語体と安野光雅著の口語訳とを並読してみたいものです。

                バルベリーニ広場の中央に建つトリトーネの噴水
                やや中央にはvia Tritoneが走り、トレヴィの泉へ向かいます。


               


 

トリトーネの噴水 正面から撮影

海神トリトーネは空に向かって水を

吹きあげています。
 

               ウルバヌスⅧ世《在位1823-1844》の家紋は
               3匹の蜂です。噴水にしっかりと印されています。
               広場向うには「蜂の噴水」も映っています。



               寒空に ホラ貝の噴き出す 水高く       元鷹

 

2013年11月26日火曜日

第204話 ピアニスト・プーニンの想いで

先週は毎日のように雨が続いて、おまけに寒さも一段とすすみ、ローマは
まさに冬型の天候パターンに嵌ったような気がしてなりません。

15日〔金〕夜のフジコ・ヘミング女史のピアノリサイタルの感想を前回の
ブログにてお伝えしました。会場入口にて、4種類のCD/DVDセットを販売していましたので、私も1枚記念にご相伴させて頂きました。

次の日から朝に昼(休みの時だけですが)に、そして夜にフジコさんのピアノ曲が、私の小さなアパートの部屋で奏でられております。そして今も。

実は、ローマでのピアノリサイタル観賞は20年も前にも1度あった事を
懐かしく想い出しました。忘れられない演奏会だったのです。

それは、当時大変有名な世界的なピアニスト//スタニスラフ・ブーニンの
リサイタルでした。雨の中を妻と一緒に出掛けたことを覚えております。

20年も前のことですから、うろ覚えなのですが季節は丁度今時分でしたか、会場さえも想い出せないのですが、テベレ川に沿った地域でした。

さて、ブーニンがピアノ演奏中にステージ天井から雨漏りがあったのです。丁度、ピアノ(アップライト)の天板にでも雨水が当ったのでしょうか、
若しかしたら、暫くの間演奏しながら我慢をしていたのかも知れません。

客席側からは、その情況は何も伺えませんでした。
その時です。ブーニンは、やおら立ち上がってピアノを一人で引いて
移動始めたのです。

その時の瞬間の判断と行動には、ただただ驚いた次第です。
素早く移動を終えると何も無かったかのように再び演奏を開始しました。

オッー!この世界に冠たるピアニスト//ブーニンをもってしても、ローマの演奏会場は、ピアニスト自身に演奏中にピアノを引かせる! とは?
今でもこの光景を忘れられずにおります。


                 

                   ヴァチカン美術館に向かう途中のカベ
                    ※文章とは関係ございません。


                ショパン弾く リサイタルにて ピアノ引く  元鷹
 

2013年11月22日金曜日

第203話 アウグスト展

19日〔火〕古代ローマ皇帝の祖・アウグストの展示会を観るためにScuderie del Quirinale(クイリナーレ宮殿広場近く)へ行って参りました。

アウグスト展会場の展示品は、殆どがアウグストに関わる大理石彫刻でした。他には、カメオ、古代通貨(金貨)、銀製品、ガラスなどの当時に創られた美術品が展示されていました。

会場をゆっくり、じっくりと作品・遺品などを観ていて気が付きましたことなどご紹介させて頂きたいと思います。

先ずは、グループで観賞に来ている高校生たち(引率の先生らしい大人もおりますが)に出会ったことです。おおよそですが、少なくても3グループ・70人から80人は居たかと思われます。

街で会うこの年代(中・高校生)の印象とは全く違って、眼が輝いている若者たちでした。ローマの若者は、このように学校から課外活動の一環として市内の博物館や美術館を見て回れる機会が用意されている訳です。

自分の国の歴史や文化を若い時にじかに眼に触れることは、どんなに素晴らしい生きた学習体験でしょうか。しかもクラスメイトと一緒に。

そしていま一つは、次のことです。

彫刻品などの展示品の一つひとつには、貸出した美術館名の記載された
小さなスクリプトが置かれております。

その名前を見ますとローマ市内の美術館はもとより、ナポリの美術館ほか、イタリア国内もしくは海外美術館から、借り出して(そのように思えます)きているのですね。

2000年も昔の彫刻品、美術品ですから国内外の博物館・美術館に広がって、展示保存されていることは至極当然です。

驚くのは、このような文化活動の奥の深さ、幅の広がり、と申しますか、多分にですが、互助の精神でヤリクリをして、企画展示会を開催運営するというスタイルが、長い歴史の中で育まれていることであります。

このようなことを想い浮かべながら、「アウグスト展」を楽しんで参りました。本会場をでると直ぐにエレベターが設置されています。その場所からは、市内の雨上がりの風景を存分に眺められました。

中央にはサン・ピエトロ大聖堂、左端にはエマニエルⅡ世記念堂、そして
右端には、大統領官邸です。これら一幅の絵画のような街並みの展望は
この美術館が用意してくれた来場者へのオマッジョに違いありません。


            スクデリエ デル クイリナーレ美術館
                正面玄関口に飾られた大型バーナー

               

            英語の”picturesque”ということばがピッタリの
                一枚の絵葉書のようです。中央はサン・ピエトロ大聖堂。

               
 
☂あがりの泣きそうな雲行きの下、「堂々」と言うことば
ローマで一番似合うエマニエルⅡ世記念堂です。
 
 
ローマには 星の数ほど 美術品
    残る日数を そっと想う       元鷹

2013年11月16日土曜日

第202話 フジコ・ヘミング ピアノリサイタル

フジコ・ヘミングのピアノリサイタルが、ローマで開催されると知人から
1週間前にメールでの知らせが入って、小躍りする気分になりました。

今回は、ローマ日本文化会館にて開催されましたが、先月にご紹介
しました文楽公演に続く同館創立五〇周年記念事業の一環のイヴェント
です。素晴らしい記念事業にこころから御礼を申し上げたい気持ちです。
※ローマ日本文化会館は、アントニオ・グラムシ通りにあります。イタリアに於ける日本歴史文化の
 紹介はじめ、イタリア人にとっては日本全般の関心への窓口的な役割を果たしております。

今日は朝から生憎の☂模様でした。文化会館ホールは、100人着席可能でそれ以上は立ち見席となるとの情報でしたから、幸いにも休みでもあり早めに家を出ました。同館には、午後5時頃には着いてしまいました!
※因みに開演は午後8時でした。

日本からのビック・アーティストによるローマでの演奏会は、非常にまれですから、今日のステージは日本人には特に大変有難いものでした。

プログラムは、前半:ドメニコ・スカルラッティ、フレディック・ショパン、
休憩を挟んで後半:セルゲイ・ラフマニノフ、モーリス・ラヴェル、
助川敏弥、フランツ・リストと多彩な曲目です。何とリッチな気分でしょう!

私は、中でもリストの「ラ・カンパネラ」を聴くことを最大の楽しみに演奏会へ出掛けましたので、女史のピアノ演奏をライブで聴けた嬉しさは例えようがありません。しかも、最前列という好位置での傾聴は最高でした!

ピアノ演奏については語る素養も資格はありませんが、只館感動感激の
演奏会だったと申しつけたいと思います。

女史は、1曲が終わると立ち上がって会場の聴衆へ頭をさげ、ほんの少しだけ微笑むのですが、L・ダ・ヴィンチのモナリザのようで感動しました。

また、前半・後半ともステージ衣裳が何とも華やかで独創的でした。
前半は、黒地内掛けに金刺繍の鳳凰かと思えるデザインが背中にみえました。

後半の衣裳は、品のある紫色をベースにした薄地の生地を使ったお召し物で、お足もとには赤、否、朱色の裾が見えました。

フサフサされたゴールド色の髪には、やや大きめの飾りものが右半分を覆い、何ともフジコ流エレガントさを見せてくれていました。

さらには、ペダルを踏む黒の靴には、大きなリボンが可愛らしくチョコンと
飾られていて、メルヘンティックでした。イタリアファッションも顔負けです。

ご想像戴けましたでしょうか?
世界のピアニスタ、フジコ・ヘミングのこのサービス精神には度肝を抜く勢いが在りました!勿論、ピアノ演奏の素晴らしさは申すまでも無いのですが。

サービス精神と言いますと、全曲終わりましてご挨拶≪イタリア語、英語、日本語≫のあとには、ドビッシーの「月の光」、ヴェートベンの「ソナタ・テンペスタ」(と聞こえたような)をプレゼントして下さいました。ワァー感激!

感動の内に演奏が終了しますと会場は興奮止まず大拍手とスタンディング・オヴェションで女史へのローマ演奏会の大成功をお祝いしました。

私は、途中道だった老舗菓子屋の「DAGNINO」でマロングラッセを用意出来なかったことだけが、甚く悔やまれて成りませんでした。


            文化会館内ホール・ステージ中央にセットされ、
                フジコ・ヘミング女史を待つ”STEINWAY & SONS”.
                                          演奏は18曲(アンコール曲含み)にものぼりました
                今、こうしておりましても「ラ・カンパネラ」の音が耳に
                残っています。



                まぶた閉じ 流れるように ピアノ弾く      元鷹
               
   

                リサイタル フジコファッション 度肝抜く     
   


2013年11月15日金曜日

第201話 大聖堂の第九演奏会

第12回ヴァチカン国際音楽祭が10月29日から11月10日の期間、
ヴァチカン市国あるいはローマ市内の会場にて開催されました。

音楽祭のトリのプログラムを担ったのが、西本智実指揮ヴェートベンの
作品125いわゆる第九交響曲でした。日本からは、250名前後の大合唱団員とオーケストラの皆さんが参加されました。

さらにローマ在住の日本人音楽家、或はパリから駈けつけた音楽家、
そして「第九」好事家(私のような)が加わった大所帯となっての大演奏会と
成りました。

テノール、バリトンが少ないこともあってか、地元ローマ界隈からのプロの助っ人《いわゆる「トラ」》の方々ほぼ40名の参加もありました。

演奏会は、11月10日《日》午後9時開演、オスチエンセ通りに建つ四大教会のひとつサン・パオロ・フオリ・レ・ムラ大聖堂にて行われました。

注目すべき話題は、何と言っても女性指揮者西本智実への熱い眼差し、そのものであり、そして西本智実の指揮/或は「第九」オーガナイズへの
関心だったと思われます。

最前列には、教皇庁から枢機卿《お名前は分りませんでしたが》、始め
所謂、VIPがドーンと陣取っておられました。また、TVカメラが色々な角度
から、撮影している様子がステージから、眺められました。

大聖堂で歌う第九は、初めてでした。ソリストも合唱もグングンと響き渡る
声の反響は、第九の雰囲気にピッタリでした。迫力満天の歌声だったように感じました。

特に、第4楽章合唱前半の盛上り小節319から329までは、四声とも落ち着いて、のびのびと”sf”と”ff”を無難にこなして、フェルマータ《指揮者は比較的長く引張られました》まで、良い感じで歌うことができました。

終わってみれば、観客席からの大拍手、そして中央の席あたりからスタンディング・オヴェイションの波が前後左右に伝わって、とうとう枢機卿まで
お立ち上がりに成られて、にこやかに拍手を胸元でされていらっしゃいました。

ベートヴェンの”歓喜の歌”は高らかに大聖堂に響き渡り、歌う者も聴く者もそして奏でる者をも包み込み、最終小節922まで一気に西本智実の指揮棒によって見事に大聖堂全体が「歓喜」に導かれたのでした


                サン・パオロ・フオリ・レ・ムラ大聖堂正面入口
                石像は、サンパオロです。厳かな雰囲気は大聖堂
                ならではのものでした。


               

              
                第4楽章合唱です。西本先生の体全体で指揮を
                されるお姿は凛々しくかつ歌い易かったです。
                中央には、ソリスト2名が見えます。そして、私も?


               

            ベートヴェンが指揮者にのり移ったかのような、否                         
                指揮者がベートヴェンにのり移ったか、と思うような
                見事なdirettrice西本智実の指揮でした。BRAVA!

                
                第九聴き 枢機卿も お立ちなり       元鷹
                歓喜の波は 感動のうねり 

2013年11月10日日曜日

ブログ ”ROMAの麗雅都だより” 200号 issue 記念号

日本でブログをお読み戴いていらっしゃる皆さまには、「Buongiorno!」(午前11:00頃)、そしてイタリア(ローマ)でお読み下さっていらっしゃる皆さまには「Buonasera!」(深夜03:00)とごあいさつを申し上げます。

さて、今回のブログは発行200号(回?冊?)の記念号となりました。
折角の”200”と云う節目ですので、これまでを振り返ってみたいと思います。
お付き合いのほど宜しくお願い致します。

    1.ブログの動機
  2011年6月某日仲間が開催してくれた歓送会での席、Y夫人のご提案と
  同年7月某日成田に見送りに来てくれた親友夫妻からのアドヴァイスが発端。

  そして、このようなPC操作オンチの私を励まして、ブログ立ち上げを応援し
  くれた次男のヘルプがあって、スタートしたのは同年8月某日でした。 
  ですから、今日まで2年4カ月が経過しております。 

       2.ブログの趣旨
  これは、御覧下さっていらっしゃいます様に表紙右側に記載の通りです。
  家族へ、友人へ、そしてローマでお知り合いになった方々へ、勿論ご関心を
  頂ける方が対象となりますが、「身近で今のローマの街並み」を自分の眼で、
  自分の足で取材したものをお届けする、ということですが現在も基本は同じです。

       3.ブログの構成
  ブログは、基本的に「書きもの」、「写真2~3葉程度」、「吾伊句」の3部作にて
  構成しています。理由は、文字での情報発信、ビジュアル伝達、句(五・七・五)
  によるテーマのつかみ(掴み)をねらったものです。
  ※「吾伊句」とは、俳句でも川柳でもなく、自分流の五・七・五で創る句です。
    余談ですが、字足らず・字余りもOKとしています。 

        4.サマリー
  二年四カ月間で200号の発信ですから、850日÷200号=4,25日 
  5日に1度の割で、ブログを発信してきたことになります。

  購読者数(ヴュー)は、およそ延べ18、500回を数えますから、1日あたり
  平均20前後のご閲覧を戴いてきたことになります。
  真に有難うございます。感謝申し上げます。  

       5.今後とも宜しくお願い致します。

   これまでのご声援に深謝申し上げ、かつ一層のご愛読を賜りますように
   微力を尽くして参ります。何卒、倍旧のご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。
 
  
   尚、ブログ”ROMAの麗雅都だより”についてご意見ご要望などがございましたら
   ご遠慮なく下記メールアドレス宛にお知らせ下さいます様にお願い致します。

    e-mail:  alibianca313@gmail.com



             サン・ピエトロ大聖堂の夕暮れ
                11月09日〔土〕17:10撮影 この時間でも世界から
                多くの観光客、巡礼者を引き寄せるサン・ピエトロ大聖堂。



               
                    
                       11月某日午後さがり via Torino
                    ローマの青空《アズーリ》は、元気をくれます。
                    正面は、サンタ・スザンナ教会です。通りの
                    反対側には、サンタ・マリア・マッジョレー大聖堂
                    のクーポラを見ることができる素敵な通りです。


                    感謝※ ローマだより いつまでも    元鷹
                     
                     誰だって 紺碧の空 元気出る    

                    
                      

                      


                 
              
   
  
            


  
    
  
  

2013年11月8日金曜日

 LAMBORGHINI GALLARDO

今年の天候はやはり少し異変です。11月にしては、温かな気候の毎日が続いています。

しかし、時には夕方、夜半には突然の大雨☂が降って、乾燥した古いアパートの屋根や、隙間なく道路わきに縦列駐車した車に被った埃を洗い落して、持ち主にとっては恵みの雨となります。

ところで11月は、銀行、諸聖人、そして今回はスーパーカーの話題と
まったく脈絡の無いテーマにて失礼致します。

先週の土曜日でしたか、ローマ歌劇場の近くの通り(via Torino)に
オレンジ色をつけたスーパー・カーが1台駐車していました。

"LAMBORGHINI-Gallardo"という車であることを周囲にいたイタリア人
から教わりました。観光客が、このスーパーカーの傍に立ち、連れの人に記念写真を撮って貰っている姿が、なんとも微笑ましい限りでした。

近くのレストラン店長のステファーノさんに、「一体誰の車なの?」と質問を向けると鼻高々に、「自分の知合いの車だよ!」と嬉しそうに、いや羨ましそうに答えてくれました。

車に詳しい知人に聞いてみると、新車の値段は200,000ユーロ前後
だそうですが、これを円にするとおよそ¥27,000,000-です!
”MAMMA MIA!”と云う声がこぼれてきそうですね。

それでは、その名車”ランボルギーニ・ガッラルド”の雄姿をご覧ください。
尚、機種によって違うのだと思いますが最高時速は、325km/hとのことです。私は、なるほど成程とただ頷くだけでした。


カラーは、アランチオーネといいます。
ローマ市内では、余り見かけない車です。
 
正面に向かって右サイドからアップで撮影。
美しい流線形が目立ちます。
 
 
 
オレンジの ランボルギーニ 柿に似て   元鷹 
 
 



2013年11月5日火曜日

諸聖人の日

先日11月1日は、「諸聖人の日」の祝日の日でした。
天候はと云えば、一日中風もない穏やかで温かな日和でした。

さて、この「諸聖人」とは、どんなことを意味するのかを知りたくて
多くのイタリア人、またイタリアに長く住む日本人に質問してみました。

結果、回答は様々でした。

毎日のように立ち寄るバールでは、「今日の祝日だけは、俺達も聖人に成れる日なんだよ。」と自信満々に云われてしまい、「えっ!そうなんだ?」と
一瞬納得してしまいました。

勿論、これは彼らの独特のジョークですから、お笑い下さい。

知人でいつもお世話になるプロ・ガイドの I さんからの説明がこの祝日
「諸聖人の日」を言い当てているのでご紹介します。

即ち、全ての聖人・殉教者を祀る祝日で、翌2日は[死者の日]となるとのこと。多くの人が、お墓参りに出かけるそうです。

お墓参りと云えば、ローマではサン・ロレンツォ教会に隣接したヴェラーノ共同墓地が大変有名だそうです。英雄ガリバルディ将軍と愛馬マルサーラもこの墓地に眠ると伺いました。

先先月にシチリア島パレルモ市のイギリス庭園で、息を呑んで感動しながら見詰めたヴィンチェンツオ・ラグーザ作のガリバルディ騎馬像を想い出しました。11月中にはヴェラーノ墓地へお墓参りに行ってみたいものです。

さて、さらに I さんからの取って置きのお話しが続きました。
来年2014年4月27日には、第261代法王ヨハネスXXⅢと第264代
ヨハネス・パオロⅡ世とが列聖されると云うのです。

今年のヴァチカン市国の話題は、新法王フランチェスコの大人気振りで
盛り沢山でした。来年も聖人の話題で賑やかになることと思われます

                2012年12月29日
                サン・ピエトロ大聖堂広場に造られた”キリスト誕生”
                の大模型を見物する観光客で賑わいました。


               
                                               
            2013年9月22日 シチリア島パレルモ市 
                イギリス庭園にて撮影。

                
                将軍も馬もローマのヴェラーノ共同墓地に眠っている。


                いつか見ん ヴェラーノ墓地に ガリバルディ   元鷹


                 

            






銀行のストライキ ?

さすがに驚いた!ことには、先日(10/31/木)は、近所のある銀行が終日ストライキ(sciopero)を決行したのです。と云っても争議があった訳でもなく、ただ単に営業を休止した状態だった、と申しましょうか!

イタリア人同僚に聞けば、そんなに珍しいことではないような言い回し
でしたが、私には初耳であり、「まさか!そんなことが。」とビックリでした。

銀行が近いこともあって翌日(11/01)は、祝日でしたが、念の為確認に行ってきました。張り紙が、「スト決行趣意書?」が1枚張ってあるだけでした。

ローマでは、1ヶ月に1~2度の”Sciopero”が発生して、バス、メトロ、タクシーなどの交通機関がマヒしますが、市民はとっくに慣れたもので特に騒いだりすることは無いようです。

一般的にシォペロは、金曜日に行われることが多いと言えますが、
ウィークエンドに繋いだ連休取得?ではないのか!と云うのが、市民の
”影の声”であります。

理由もよく分らずに決行されるこの悪習慣には閉口しますが、海外からの
多くの観光客には、迷惑千万な話であります。

さて、先に挙げた銀行のシォペロも翌日の祝日(金)を控え、土・日まで含めた4連休を所望したものではないのか、と勘繰ってしまうのであります。


                               via Nazionale の一角にあるこの銀行は、10月31日〔木〕に
               突然のシォペロを行った。なぜ?PERCHE'?


               
 

            ガラス戸入口に貼りだされた「お客様へご通知」の
                張り紙。8:30~17:00(通常は営業時間)に
                シォペロのため、扉は閉められると言うお知らせ。


                都合主義 これ幸いに シォペロやる    元鷹


                

2013年10月31日木曜日

Campagna Abbonamenti

Abbonamento(i)とは、年間購入・年間購読といった意味を持つイタリア語です。現在、ローマ歌劇場はこの11月から来年の10月までの1年間のアッボナメントの販売に懸命♫になっています。

”懸命”♫ということばは、いつも陽気なイタリア人にはピッタリしない
イメージですが、素人目には、AbbonamentoへのPRの勢いを見ますと、
随分と力を入れているようにみえてなりません。

歌劇場正面入口の懸垂幕、入場口メインの柱に巻き付けた大ポスター、或は通りに面した広告塔への掲載をするなど、結構な露出が街中で見受けられます。

年間購入のメリットを考えてみますと、1年間の席を確保できることが最大のメリットと言えます。

その都度のチケット購入ですと観たい舞台でも、何らかの理由で見逃してしまうこともありますから、事前に入手出来ていれば大変安心です。

今一つのメリットは、まとめ買い(オペラ×7舞台、バレー×3舞台、年間10舞台)による割引が、大きな魅力です。

多くのオペラ・ファンは、この時機を逃さずに、思い思いの「マイ・シート」の確保に躍起になることでしょう。

さて、折角ですから手元にあるパンフレットから予定されていますオペラの
演目をご紹介しておきます。ローマご旅行の際、ご参考になるかも知れません。


    演目             演奏日程
        
1.ERNANI 2013/11/27、29 ・ 12/1、3、10、12、14
2.L'ENFANT ET LES SORTILEGES
         2014/01/30 ・ 02/01、02、04、06
3.MANON LESCAUT
         2014/02/27 ・ 03/02、04、06、08
4.MAOMETTO Ⅱ
         2014/03/28、30 ・ 04/01、03、05、06、08
5.L'ELISIR D'AMORE
         2014/05/08、09、10、11、13、14
6.CARMEN
         2014/06/18、19、20、21、22、24、25、26、27、28
7.RIGOLETTO
         2014/10/21、22、23、24、25、26、28、29、30,31

※ご注意  
          各日にちによりまして、時間は違うことがあります。
          事前に再確認が大切です。


            人影もまばらな或る午後のローマ歌劇場正面口。
                
                ここローマでも大人気の指揮者リカルド・ムーティの
                顔写真が目立ちます。

                 

               

                
               
                正面入口右側壁面のウィンドーに飾られたポスター。
                左:リカルド・ムーティを前面に出した年間購入PRポスター。
                右:ただ今開演中のトゥーランドットのPRポスター。



                今が旬 アッボナメンチの 歌劇場   元鷹
                来る春の 今から話題 ネトレブコ       
               

                
                

2013年10月29日火曜日

KAKI 喰えば 

         柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    子規

季語が柿ですから、子規が丁度今時分に詠んだ句だったのでしょうか?

我が家では(日本に居た頃のことですが)、干し柿を好んで競うように食べておりました。日本の干し柿は、本当に美味しいですよね。

皮を剥かずに、すぐさま食べることが出来るのは勿論、甘くて歯ごたえが良くて香ばしいことなどがその理由でしょうか。

さて、最近スーパーマーケットに出掛けると、入口の野菜・果物コーナーに「柿」が並んでいます。正式には、”KAKI”と表示がされています。

また、場所に依っては、または品種に依ってか、”KAKY”、”CACHI”と称しているケースもあります。

一昨日、ローマでは初めてですが、スーパーにて購入した2タイプの柿を写真にてご紹介致します。


                               A.(上)熟成した柿  1個当たり、145円位。
               B.(中央)お馴染の日本でよく見かける柿です。
                     1個当たり、45円位。


さて、A.の熟成した柿は、トロミ味といいますかスプーンで頂かないと
口元まで届きません。味は、非常に甘くコクもありました。

B.の柿は、全くと言うほど日本で食べた柿と同じ味を楽しめました。
懐かしい日本の秋の風味でした。 

因みに子規の句は、イタリア語では次のように訳されています。

  Mentre mangio un cachi        suona      la  campana.     Horyuji.

    ※ 翻訳は 「IL GRANDE LIBRO DEGLI HAIKU」 p. 277 より。

 



       KAKI喰えば ガーンガーンと 時の鐘   元鷹  

 
              VIA NAZIONALE の スーパーDESPARの食品売り場
              を見学してきました。10月29日午後。
              ここでは、スペイン産の柿を並べています。1kg=2.35€ 
              ですから、少々お高めな価格設定です。 

2013年10月28日月曜日

文楽観賞


10月も慌(あわただ)しく、と言いますか、忙しくと云いますか、今月最後の日曜日の27日を迎えました。

「慌しく」も「忙しく」も”こころ”が、荒くなったり、亡くなったり、することですから、余り歓迎できない「こころの所作」と言えます。

イタリアらしく〔これが難物ですが〕”ピアノ エ ピアノ”〔ゆっくり そして ゆっくり〕と日々を過ごしたいものですが、言うは易くなかなか難しいことではあります。

さて、今月の4日、5日には、「ローマ日本文化会館開館50周年記念特別事業」の目玉一つとして、「杉本文楽」がローマ市内の名門”アルジェンティーナ劇場”にて公演されました。

ローマ文化会館発行の催し物のご案内に依りますと、「杉本文楽 曾根崎心中付(つけた)り観音廻り」の説明の中には、”イタリアにおける本格的な文楽公演はこれまで例がなく、今回が史上初めてとなります。創造的で優れた日本の舞台芸術を一人でも多くの方にご覧頂けることを願っております。”と紹介されています。

私は、初日の公演に出掛けてみたのですが、殆どの席がイタリア人他、外国人で埋め尽くされていました。

お恥ずかしながら、国内では文楽の観賞をしたことが有りませんでしたから、初めての体験でした。”何とFORTUNATO!”

義大夫節、三味線弾き、そして人形遣い(三人遣い)の三位一体となった
日本の伝統芸術に観席のイタリア人は釘づけになったように見入っていました。

イタリア人の口を閉じ込める程の迫力は、他のものではそうそう在るものでは有りません。さぞかし、文楽の持つ魅力に一気に惹きつけられたに違いありません。

話は変わりますが、テアトロ・アルジェンティーナは、1732年建設でロッシーニの傑作「セヴィリアの理髪師」(1816年)、ヴェルディの「二人のフォスカリ」(1844年)、「レニャーノの戦い」(1849年)年などが初演された、と云われています。《イタリアの歌劇場:牧野宣彦著:ふくろうの本》

               アルジェンティーナ劇場正面口。
                創設は1732年の老舗劇場です。   
 


                
 
公演が終了して舞台上から観客席のお客様へ
丁重なご挨拶をする文楽を演じた皆様がた。
久し振りに日本の伝統的なお辞儀を見て”心地よさ”
を味わいました。大熱演が大きな拍手を
劇場いっぱいに巻き起こして止みませんでした。
 
A4サイズの公演用チラシ(2種類)です。
                
文楽の魅力が伝わってくるような素敵なチラシです。
 
 
 
文楽と アルジェンティーナ 観る夕べ    元鷹
文楽は 三位一体 至芸なり

        







2013年10月26日土曜日

お揃いの袴姿に感動しました!

10月に入ってからは、やっとローマの空にピッタリ似合ったアズッロ・カラー(紺碧の色)が、眺められるようになりました。幸せを感じる季節です。

このアズッロ天上を近くの教会の上に見るときは、必ずと言ってよいほど
気分が晴れてきて、同時に思い切って鼻から、口から空気を体一杯に入れてしまいます。

さて、先週のできごとですが、お着物姿の日本人女性4名のお客さまを
お迎えしました。海外に居りますと日本的なものが、食べ物だけではありません、眼に入り易くかつ妙に懐かしくそして嬉しくなるものです。

早速、颯爽と着こなしされた和装のお客様へご挨拶させて頂きました。
イタリアご旅行をお着物姿で闊歩される粋な心意気にこころからの賛美と
感謝の意を述べました。

その中のお一人の方のお召し物のデザイン≪青海波≫に一層の注目をさせて頂きました。2年前より、ローマで発見?したローマン・青海波模様のことが想い出されたからです。

ご承知のように日本の伝統的和装デザインの代表ともいえる「青海波」
図案の歴史は、遥か古代ペルシャ時代にシルク・ロードを通じて、日本へ伝播されたとのことです。

ところが、以前にご紹介申し上げましたようにローマ市内・郊外にて、舗装石や鉄製金物などでこのデザインを見ることができるのです。

シルク・ロードの右方向が日本へ辿りつき、片や左方向が古代ローマへと伝わったのではないだろうか?という全くの空想に近いものであります。

中々適切な参考本や専門家に遭遇しない為に、詳細不詳で真相は藪の中ですが、興味を持って調べてみたいと願っています。

因みに、イタリアでは a coda di pavone 《孔雀の尾》、或いは, apparecchiatura a ventaglio《扇を広げた形状(訳が難しい?)》と呼びます。

お召し物のデザイン「青海波文様」の不思議なストーリーへと話が逸れてしまいました!

皆さんの晴れ姿を写真に収めたく切望して、記念のスナップを撮らせて頂きました。写真撮影並びにブログへの掲載をご承諾頂き、本日ここにご登場となった次第です。

お玄関口からお見送りを申し上げましたが、水しぶきを上げるナイアディの泉・共和国広場方角へ足並みを揃えて、お帰りになられるお着物の後姿を伺いつつ、皆さまに心からエールを送らせて頂きました。

ローマに居りまして、日本の事情に疎くなる一方ですが、ご紹介の4名の日本人女性の堂々とした姿勢と足取りは、日本人女性の美しさ、或は
日本の伝統・文化を如実に物語る瞬間だった、と感服した次第です。


            お買物を終えてお帰りになられる際に、お写真を
                お願いしました。この後、ピア門方面に颯爽と歩いて
                お帰りになられました。ぜひまた、ご来伊下さい!

               


            テルミニ駅に近い ”VIA GAETANO”に在る駐車場は
                青海波文様と思われる石のデザインです。市内、近郊で
                10ケ所程発見しております。
                尚、2012年3月のブログをあわせてご覧ください。



                青海波 波波ならぬ 歴史有り      元鷹
                はつらつと ローマを闊歩 袴着る  

2013年10月16日水曜日

”うめぼし”と”チョコレート”

私たちの普段の生活の中で、「心とこころとの通い合った瞬間」こそ、
ほのぼのと気持ちが晴れることはありません。

事の発端は、丁度1週間ほど前になります。
ハネムーンでイタリア旅行中と思われる若いお二人に、いきなり
「梅干しはありますか?」と尋ねられました。

さすがに梅干しを始め日本の食材の扱いがない為に近くのお店を1軒ご紹介させて頂きました。

しかし、そのお店での「梅干し」の有無までは把握しておりませんから、
明日で良かったら家にあるものをお持ちしましょう、と約束しました。
ただし、休みの為午後からのご来店をと、勝手なお願いをしました。

さて当日所用があり、店に立ち寄って同僚スタッフにその旨を伝えた。
仮におみえになったら、この包みをお渡しを願いたい、と。

次の日、依頼したスタッフに聞いてみると午後(遅く)にお越しになられた、
との報告を受け、役に立てて良かったと少々うれしい気分になりました。

さて、この日夕方に突然、お二人のニコニコしたお姿をカウンター越しに見るや否や、「昨日は有難うございました。こちらを。」とオシャレなデザイン紙に包まれた小箱をプレゼントされました。

家に帰って、リボンを解いて中を開けてみると、カタチの違ったチョコレートが、ギッシリと詰まっているのが眼に入りました。

かえって、お気づかいを戴いてしまったことに、若干の戸惑いを感じつつも、一口チョコを試してみれば。これは旨い!とびっくり。

これは、お二人はベルギー経由にて、ローマに入ったのかも知れない、などと勝手な空想に浸りながら、なお今一ケ、今一ケとチョコを頬張る。

箱の中にあった名刺サイズのお店紹介票を読むと”LEONIDAS”  Roma-via dei Redentoristi 16とあった。えっ、ローマのチョコではないか!!

私は、ガーンと頭を打たれたかのように何度もそのカードに眼を通しました。と言いますのも、これ程美味しいチョコレートが、地元に在ることを知らずに長い期間居たからです。

しかし、日本から来た若いカップルの情報収集力とお店を探し当てた探究心に、そしてそれ以上とも言える”梅干しへの感謝のしるし”をカタチに表してくれたお二人の心情に触れて、嬉しさも美味しさも100倍になりました。

これから梅干しを食する時には、お二人のお気持ちが想い出されて、スッパイ味と甘い味が交差するのではないだろうかと楽しみにしています。

                               チョコレート・カラーのシックな包装紙とリボン。
                 
                お店は、パンテノンに近い裏通りに在ります。



               ほのぼのと ひとの心に 情あり       元鷹


2013年10月9日水曜日

Gelateria La Romana

それは、今年の4月頃だったでしょうか?

9月20日通り沿いに”Gelateria La Romana”が、出店したのです。
たまたま気がついて、それとはなしにお店に入ってみたら、これまでの
ジェラート屋さんとは、全く違った雰囲気のお店作りにビックリしました。

インテリアは、比較的クラシックかつオーソドックスな設えです。
また、店舗の正面右奥には工房《キッチン》を備えているようです。
出来上がりのジェラートを新鮮な内に楽しめるようになっています。

但し、私のようにジェラート食歴のない人には、少々困った部分もあります。それは、注文の際に壁に張ってあるメニューを読んで、店員さんへ
伝えないといけないからであります。

従来の街中にある一般のお店ですと、「エッーと、これとこれを!」と
眼下に見えるジェラートの鍋《?》を指でさせば良かったわけです。

しかし、何事も案ずるよりも産むが易しの例えの如く、2度、3度・・・もう
5~6回も通いますと、メニューにも慣れてきて、却って選ぶ楽しみが、
自然と湧いてくるから不思議です。

今日は、私の前に居たお客様が選んだチョコレートが美味しそうに見えた
ものですから、真似をして注文し、それとフラゴラ《イチゴ》を頼みました。
2€/ピッコロ・サイズを注文。

どちらも濃い味がして、これまでになく旨い!とコーノを口に何度も運んで
チョコレートとイチゴのジェラートを愉しみました。

お店のご紹介
お店の名前:”Gelateria La Romana”
            住所:Via Venti Settembre,60 Angolo Via Piave,  00187  Roma
            電話:++39-06-42020828
     Web: www.gelateriaromana.com

                               右側:出入り口、真正面がキッチン〔工房〕です。
                多くのお客様で賑わっています。左上方が、字書きの
                メニューです。右側に腰掛けて、美味しそうに食べている
                シニョーレは、正に「熱中」。イタリア人は、ジェラートに
                目が無いのです。


                
 
              
            店内に置かれたジェラート・ケーキ/タルトは、
                美味しそうでした。


               

                注文したジェラート・コーノを撮影しました。
                チョコレートとフラゴラのコンビネーションは、初めての
                オーダーでした。チョコレートが、特に旨かった!



                秋深し 眼に舌に佳し ”ラ・ロマーナ”    元鷹   


2013年10月2日水曜日

シチリア紀行 編集後記

今回初めてのシチリア旅行の体験を、「シチリア紀行Ⅰ~Ⅷ」と題して、
ブログに掲載致しました。ご購読、ご高覧有難うございました。

振り返って、”シチリア紀行Ⅰ~Ⅷ”を読み返しますと訪問先の印象記
[土地柄、美術館などの話題]が中心になっていることに気づきました。

しかし、実際には各町で多くのシチリア人との出逢いを持つことができました。そして、その土地の人とのコミュニケーションこそが、旅先での潤いとなって、美しい景色と共に忘れられない想いでのひとコマとなりました。

パレルモでの4人の元気な少年達との出会いでは、イタリア・セリエAや
ロシアで活躍する日本人選手の名前[ナガトモ、モリモト、ホンダ]などを聞かされて、とても嬉しくかつ愉快でした。

アグリジェントでは、海の家のご亭主およびその知人と写真を撮っては、世間話をさせて戴きました。また、タクシーの運転手には、とても親切に
ご案内してもらったり、シチリア人の”情”に触れることができました。

ローマで知り合いになった日本人Kご夫妻とシラクーサで、再会が出来たのは、全くの幸運とご縁のお陰でした。※夜間に路上でバッタリ出逢った。

シラクーサのギリシア劇場入口では、アコーディオン引きのオジさんから、タンバリンを持たされて、近くに居たガイドさんと3人で「’O SOLE MIO」の合唱をしては、仲良くなったりする場面もありました。

イタリアは”ベッラ・パエゼ”・美しい国と呼ばれますが、シチリア旅行を通じて、この言葉にこころから同調することが出来たことは大きな収穫でした。

                                        パレルモで出逢った仲良し4人の少年たちは、
              「ナガトモ!ホンダ!」と連発して和ましてくれました。


               

 
アグリジェントの海の家で
左:モナコ ルイジ さん
   右:ブリジオ カロゲロ さん

               
               
               
            シラクーサでは、陽気なアコーディオン引きの
                アレッサンドロさんと7ケ国語を操るガイドの
                サントさんと”’O SOLE MIO”を合唱しました。


                                            南国の 来てみてわかる 島の良さ    元鷹
                
                 
                  
                 ゲーテ云う シチリア在りて  イタリアよ  


                *メッシーナ海峡のフェリーに乗って***

                 空高く 群青の海 今帰る
                 ローマへの思い こころ新たに      元鷹

                                            
                                                *シチリア・マップ
                         
                        
                   

                 
                 
                 

                △マークの左上  ⇒ パレルモ
                △マークの中央下⇒ アグリジェント
                △マークの右下  ⇒ シラクーサ