2013年6月22日土曜日

Via Appia Antica   アッピア旧街道

ローマの魅力の一つは、遺跡の中に、正確には遺跡の前にいるだけで、
まるで100年、500年、或は1000年も昔にタイムスリップしたかのように
「錯覚」を楽しむことができることです。

今回取り上げました"VIA APPIA ANTICA"(アッピア旧街道)は、2000年も昔に自分がタイムスリップしたような想像を味わしてくれる「道」です。

「紀元前312年に執政官アッピウス・クラウディウス・カエクスによって建設され、これが紀元前190年にベネヴェント、ターランド、ブリンディジの港と結ばれたとき、帝国領土とは1本の道でつながった。〔中略〕

16世紀半ばに法王ピウス4世によって修復されている。街道の両側には荒れ果てた墓が並び、地下には広大なカタコンベの迷路がある。主な名所は、ローマから逃れたペテロがキリストに会ったといわれる場所に建つ
ドミネ・クオ・ヴァディス教会、サン・カッリストとサン・セバスティアーノのカタコンベがある。チェチリア・メッテラの墓と、マクセンティウス帝の息子ロムルスの墓もこの通り沿いにある。」

引用が長くなりましたが、ここは観光本の力を借りなくては、適切にはご紹介出来ませんので、悪しからずご容赦願います。

※上記の引用部分は、「ROMAローマ〔イタリア〕㈱同朋舎出版」を参考にしています。


この街道の何と言っても驚くことは、当時〔2325年前に作られた〕敷き詰められた大小の黒い色をした石〔名前が分からないので単に石といいます〕が、目の前に現存しているということであります

これは「石の文化」の遺産だからに違いないのであります。
言うまでもなく日本は、「木と紙」の文化ですから大きな違いがあります。

しかし、素材だけの相違ではなさそうです。保存することへの執着心と言いますか、文化・伝統遺産への憧れと言いますか、そんな人間の営み〔生き続けてきていることへの証し〕を大切にするイタリア人のハートを感じるのです。

卑近な例えですが、お江戸日本橋のすぐ上には、高速道路が走っていますが、このような組み合わせはイタリアでは先ず「在りえない」発想ではないでしょうか?

逆に「在りえる」発想をもった日本人〔当時の政府・都行政役人?〕は、イタリア人に無い〔と思える〕発想を持ち合わせいる、と言えるのかもしれません。

ローマ観光の中では、一般的なスポットではありませんが、このアッピア旧街道は、とりわけそこに立つ私たちに色々なイマジネーションを与えてくれる遺跡のような気がしました。


            ヴィア・アッピア・アンチカ〔アッピア旧街道〕です。
                サン・セバスティアーノ門から車で5分ほどの所です。
                下り方面を撮影しました。保存の為、車の乗り入りはNO。

                

            紀元前312年に作られた道路は、大小の石の連続です。
                この時代の空気が、地下から蜃気楼のように地上へ
                吹きあがってくるかのようです。



                新緑に 古代の夢を 静かに想う         元鷹 
  

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